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大阪高等裁判所 昭和53年(ネ)1483号 判決 1980年8月26日

控訴人(原告) 有限会社阪神観光

被控訴人(被告) 小西之則 外二名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

控訴人は「原判決中被控訴人らに関する敗訴部分を取り消す。被控訴人らが控訴人に対し、労働契約上の義務を有しないことを確認する。被控訴人らの控訴人に対する反訴請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審を通じ被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人らは、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

第二当事者の主張、証拠

当事者双方の主張、および証拠は次に附加するほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

控訴人の主張

1  当事者間に労働契約関係が成立しているか否かは、その関係が労働基準法の所定基準に合致しているかどうか、若し部分的に不一致があつても全体として、ないし重要な基本的事項において、右法の所定基準に合致しているか否かで決すべきところ、本件当事者間の関係はそのいずれにも合致しない。

2  被控訴人らは労働組合結成後になつて労働契約関係の成立を主張しているのであつて、かかる主張は禁反言の法理に反し許されない。

被控訴人らの主張

1  当事者間に労働契約関係が存在するか否かは、その形式にとらわれることなく、その実体において従属労働が認められるか否かによつて判断さるべきである。労働基準法は、労働者保護のため労働者に有利な労働条件の効力は認めながら、法的基準に達しない条件は最近基準にまで引上げ、部分的に無効である旨を定めているに過ぎない。

2  労働者が労働組合を結成し、使用者に対し、労働条件の改善向上を要求することは当然であり、控訴人の主張は労働者の団結権を否定するものである。

証拠<省略>

理由

一  控訴人が肩書地においてキヤバレー「ナナエ」を営む会社であり、被控訴人らが楽団演奏のサービスを提供するため右「ナナエ」に出演していることは、当事者間に争いがない。

二  被控訴人は、被控訴人らと控訴人との間に締結された出演契約は労働契約であり、被控訴人らは控訴人の従業員である旨主張するに対し、控訴人は、バンドマスターである被控訴人小西、同向田との間に、「ナナエ」での楽団演奏の請負契約を締結したにすぎない旨主張するので、この点について判断する。

成立に争いのない甲三ないし二一号証、二五号証、乙一一ないし二〇号証、二五号証、三三号証、原審における被控訴人向田勝彦本人尋問の結果によつて真正に成立したと認める乙一〇、二六号証の各一ないし六、原審および当審証人安川太一、原審証人下坂裕一、当審証人中川二郎の各証言、原審における被控訴人小西之則、同向田勝彦、原審原告沢田正明、同徳島庄八郎各本人尋問の結果(以上のうち、いずれも後記措信しない部分を除く)ならびに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

1  楽団編成と「ナナエ」への出演に至る経緯

(一)  控訴人は、「ナナエ」におけるシヨーおよび遊客とホステスのダンスの伴奏等の業務に従事させるために、従前より楽団を出演させていたが、昭和四四年六月頃、それまで約三年間にわたりシヨーの伴奏を担当してきた原田バンドが解散したので、その楽団の一員であつた被控訴人小西がバンドマスターとして、楽団員八名で構成される小西バンドを編成し、控訴人のテストを受けて合格し、以後「ナナエ」に出演することとなつた。しかし、小西バンドは主としてダンス音楽やムード音楽の演奏を担当することとなつたため、シヨーの伴奏を主として担当する楽団(以下、「シヨーバンド」という。)が必要となつた。そこで、控訴人は「ナナエ」のシヨーに出演する歌手や踊子をあつせんしていた保川プロダクシヨンの保川某に、適当なシヨーバンドがいないかと相談し、保川は被控訴人小西にシヨーバンドを編成できる人を探して欲しい旨依頼した。

(二)  被控訴人小西は、同年六月中旬頃、知人であり当時大阪市北区の喫茶店「慕情」の楽団員であつた被控訴人向田に対し、バンドマスターとしてシヨーバンドを編成し、キヤバレー「ナナエ」で楽団演奏をするよう勧誘し、その際、控訴人から聞いた次のような条件を挙げた。

(1) 楽団は九人編成とし、その編成は被控訴人向田に一任する。

(2) 楽団の一か月の演奏料は、楽団員一人平均手取り六万五〇〇〇円として九名分の合計五八万五〇〇〇円の範囲内とする。

(3) 契約期間は一年とし、その間問題がなければ期間を自動延長する。

(4) 「ナナエ」の営業時間は午後五時三〇分から同一一時三〇分までで、楽団の演奏時間は午後六時三〇分から同一一時二〇分までとする。

(5) 休日は控訴人の休業日たる毎月第二、第三日曜日および年末年始の一二月三一日から一月二日までの間とする。

(6) 楽団員に対する給与所得税の源泉徴収は、控訴人が行なうこととする。

(7) その他細部については控訴人の規則や指示に従うこととする。

(三)  被控訴人向田は、同小西の右勧誘に応じ、過去に同じ楽団で仕事をしたことのある被控訴人松本や徳島庄八郎等を集めて、自己をバンドマスターとする九名構成の向田バンドを編成し、同年六月末頃、「ナナエ」のステージにおいて、控訴人専務取締役下坂裕一、前記保川某、被控訴人小西および控訴人の音楽顧問的な立場にあつた八馬奏一等立会のうえ、控訴人のテストを受け、これに合格したが、その際控訴人は被控訴人向田らに対し、保川および被控訴人小西を通じて、前記条件のほか、同年八月一日から小西バンドと同様、「ナナエ」で楽団演奏業務に従事し、演奏時間は午後六時三〇分から同一一時二〇分までの間で、実際の演奏時間は営業部長または保川の指示に従うこと、演奏料は毎月二日、一二日、二二日に三分の一ずつを一括して被控訴人向田に交付し、各楽団員に対する分配は同被控訴人に一任すること等の諸条件を示し、同被控訴人らはこれに合意した。しかし、これらの諸条件を契約書として取り交わすことはしなかつた。

2  「ナナエ」における楽団員の出演等の実態

(一)  被控訴人小西は昭和四四年六月頃から、同向田、同松本は同年八月一日から、いずれも「ナナエ」において演奏にあたつた。同年八月一日現在小西バンドは八人編成、向田バンドは九人編成であつたが、その後楽団員の入替りがあり(「ナナエ」においては右楽団員のみでなく、営業部長、ボーイ、ホステスの場合も入替りがはげしい)、同年八月一日の右両バンドの構成員で本件弁論終結当時残つているのは被控訴人らのみである(小西バンドについては本件紛争発生後控訴人が六名全員に対し契約の解除通知をし、交渉の結果小西を除く他の構成員は「ナナエ」を去り、被控訴人小西はそのまま単独演奏をしている)。

(二)  演奏時間は、向田バンドは、月曜日と火曜日は第一回目が午後六時三〇分から同七時二〇分まで、第二回目が同八時から八時三〇分まで、第三回目が同九時から九時三〇分まで、第四回目が同一〇時から一〇時三〇分までの四ステージ、水曜日から土曜日までは、第一回目が午後六時三〇分から同七時まで、第二回目から第四回目までは月曜日、火曜日と同じであり、小西バンドは、午後七時から同一一時一五分までの間で、向田バンドの休憩時間中に同じく四ステージ出演していた。

また休日は、控訴人において昭和四五年一月以降毎月の休業日を廃止したため、年末年始の休業日である前記三日間のみになつたが、同四七年五月以降は向田バンドが毎週日曜日を、小西バンドが毎週月曜日あるいは火曜日を休日とするようになつた。

そして、楽団員が前記演奏時間以外の時間帯に他に出演することは禁ぜられてなかつたが、それは事実上困難であるため、出演してもせいぜい臨時のアルバイト程度のものであり、いずれも控訴人の従業員であるという認識のもとに継続して楽団演奏の業務に従事してきた。

(三)  楽団演奏業務の対価は、昭和四四年八月から向田バンドが月額五八万五〇〇〇円、小西バンドが同四八万円であつたが、物価も上昇したため同四八年一二月からは向田バンドが七三万八〇〇〇円、小西バンドが五三万一〇〇〇円、同四九年一二月からは向田バンドが八九万八〇〇〇円、小西バンドが六一万一〇〇〇円、同五一年一二月からは向田バンドが一〇〇万円にそれぞれ増額された。バンドマスターである被控訴人小西、同向田は毎月三回に分けてこれを演奏料として夫々自分の名義で受領し、これを自己を含めた各バンドの楽団員に配分し、各楽団員はこれを主たる収入源として生計をたてている。右配分については、被控訴人小西、同向田が控訴人から任せられ、各人の演奏能力を考慮してその額を決定していたが、バンドマスターと他の楽団員との間にさしたる差はなく、またその配分割合は毎月ほぼ一定していた。そして、右楽団員に対する給与所得の源泉徴収は控訴人が行なつている。もつとも、控訴人は被控訴人らに対し前判示のとおり手取額を約していたこともあつて、各人に所得税等の税が賦課されぬよう正確な申告をしていなかつた。

(四)  控訴人は、向田バンドを採用した際には、楽団員の各自について住所・氏名・年齢・配分額・扶養家族等の報告を受けた。しかし、控訴人は、両バンド共に右を除き楽団員の退団または入団については、楽団全体としての演奏水準が著しく低下せず、また控訴人にとつて好ましくない者でない限りバンドマスターに一任していた。しかし、控訴人は昭和四六年一二月頃、楽団員一名を技量が劣悪であることを理由に被控訴人小西に指示してこれを退団させたことがあつた。

(五)  楽団員が病気等で休む場合にこれを補充する臨時雇の採用や楽団員の退団に判う後任者の補充については、音楽的な知識や縁故関係を持たない控訴人が自らこれを実施することはむつかしく、そのためバンドマスターたる被控訴人小西、同向田に一任し、同人らは各楽団員の協力を得てこれにあたり、その場合後任者に対する配分額はおおむね前任者と同額であり、臨時雇に支給する手当は、バンドマスターによつて欠勤者に配分さるべき分のうちから支給された。尚後任者については、前判示のとおりバンドマスターにその選任が任され、その氏名等をその都度控訴人に連絡することはなく、毎年一月に「給与所得者の扶養控除等(異動)申告書」を控訴人に提出するにとどめていたが、各楽団員が出演するステージは「ナナエ」で最も眼につくところであり、店内を統轄する営業部長は、個々の楽団員を知悉している。

(六)  楽団の演奏については、控訴人は、楽団に対して、歌謡曲とかジヤズ、ハワイアンといつた包括的な指示をするほか、その場の雰囲気をもりあげるよう指示したり、客の希望する曲があればその曲を演奏するよう指示し、またクリスマスその他一定の催しを行なう際にはそれにふさわしい曲目を演奏するよう指示している。そのほかのこまかな演奏曲目の特定や演奏指揮などについては、控訴人にその能力がないため、音楽の専門家であるバンドマスターに任せている。

しかし、楽団の演奏技術とか音質等については、保川や営業部長がバンドマスターに気づいたことなどを指摘し、音量についても、客席の状況に合わせて調節するように指示し、楽団員の人員の不足については営業部長がバンドマスターに注意することがある。

(七)  「ナナエ」では、楽団員以外の事務職員、ボーイやホステスについては、出勤簿またはタイム・レコーダーが備えつけられているが、楽団員についてはこれがなく、欠勤の場合にも本件紛争までは欠勤届も出されなかつた。しかし、「ナナエ」の支配人(営業部長)は、毎日楽団員の不足、音の良否等を点検し、これを日報に記載して控訴人に報告していた。

(八)  「ナナエ」においては、楽団員の控室として、最初はホステスの更衣室の一部があてられており、同控室には当時、店主名でもつて「バンドマン心得」なる楽団員に対する指示事項が紙に書かれて貼付されていたが、これには、飲酒演奏の禁止、ホステスとの雑談禁止、とばくの禁止、たばこの後始末の注意等が掲げられており、楽団員が「ナナエ」のホール内をくわえたばこで歩いたときや客席に呼ばれて飲酒したときには、営業部長から注意されることがあつた。

(九)  控訴人には、従業員で組織する「ナナエ会」と称する親睦会があり、楽団員もこれに加入している。会費は、役付従業員、ホステスおよび楽団員が月額二〇〇円、その他の従業員が同一〇〇円であり、楽団員の会費の徴収は、控訴人が演奏料を支払う際にこれから天引するという方法でなされている。「ナナエ会」の活動としては、慰安旅行や宴会の実施、慶弔時の祝金、見舞金の支給等があり、慰安旅行に要する経費が会費の積立金額を超過するときは控訴人がその超過分を負担している。

以上の事実が認められ、前掲証拠中右認定に反する部分は直ちに措信し難く、他に右認定を左右し得る証拠はない。

右に認定の事実によると、被控訴人らはいずれも控訴人との間に締結された優先出演契約に基づいて、年間を通じ控訴人の経営する「ナナエ」に必要な楽団演奏者としてその組織にくり入れられ、控訴人の指定する日時、場所において包括的に指示された方法によつて出演すべき義務を負つて継続的に演奏業務に従事して来たものであるところ、これらの演奏業務に従事するに当つては、控訴人の一般的な指揮監督のもとにあり、またその出演報酬は、演奏労働の対価とみられる程度のものであり、被控訴人らはいずれもこれを主たる収入源としてその生計をたてているものであり、これらによると、控訴人と被控訴人との間には、いわゆる労働契約関係があり、被控訴人らは控訴人の従業員であると認めるのが相当である。控訴人は、被控訴人小西、同向田に演奏を請負わせているに過ぎないと主張するけれども、前判示のとおり、同被控訴人らは各バンドリーダーであるが、各団員と共に演奏業務に従事し、受取つている演奏料配分額も他の楽団員とさして変りがないのであり、控訴人から独立して自己の名義と計算においてバンドを経営している状況にはなく、控訴人のもとにあつて、楽団員を管理するいわば職制的役割にとどまるものというべきである。

もつとも、前掲証拠によれば、控訴人は事務職員あるいはボーイなどの従業員については採用する際に履歴書等を出させ、個人面接をするなどの手続をなし、また前判示のとおり、出勤簿、タイムカードを備えて勤務評定をしていることが認められるのに対し、被控訴人らバンドの採用の場合には前判示の選考をするのみであり、また右出勤簿等の備付による出勤状況の管理をしていないことが認められるのであるが、採用手続や管理方法が職種によりまたその必要性の程度によつて違うことは何ら異とするに足りないのであつて、バンドの場合はボーイ等と違い、楽器の演奏者であり、かつ集団的な労務提供をするものであるから、控訴人は個人の独奏者としての能力、個性、態度よりも、合奏者としての調和性や能力、人柄等に着目して採用し、かつその出勤状況についてもその管理をバンドマスターに一任しているものと解される。

また、楽団員が休んだ場合の臨時雇の採用、楽団員の退団に伴う後任者の補充がバンドマスターたる被控訴人小西、同向田によつてなされ、その都度控訴人に報告されるわけではないこと、また演奏料は控訴人から右小西・向田に一括して支払い、各同人から各所属楽団員あるいは臨時雇に支払われていることは前認定のとおりであるが、前判示のとおり楽団員の補充、採用は、音楽的な知識、縁故関係を持たない控訴人がこれを実施することは難しいために、右各バンドマスターに右採用・補充の権限を委せているのであり、また、給与所得の源泉徴収については当初から各楽団員毎に行なつているが、演奏料の配分、欠演者の演奏料の差引・臨時雇への手当支給なども採用補充の権限を委せた右マスターにそのやりくりをさせた方が結果として公平経済的であり、円滑な運営がなされるとの配慮から行われているものと解され、従つて、右のような各事実は、形式的には請負的な外形を有するとしても、実質的には楽団出演という特殊な雇傭契約に随伴するものとみるべきであり、右事実のみから控訴人と被控訴人らとの出演契約が請負であるものとは認め難く、その間に労働契約関係があり、被控訴人らが控訴人の従業員であるとの前記認定判断を覆えすものとは認め難い。

尚、右出演契約には賃金支払方法等に労働基準法の規定に反する部分があることはこれまで判示したところにより明らかであるが、違反事項があるからといつて、直ちに両者の関係が労働契約関係にないとは認め難いのであつて、基準法の定める項目は右存否の判断をする際の判断基準の一として考慮するべきものにすぎず、それが労働契約関係であるか否かは右契約の形式名目のみにこだわることなく、労務遂行過程の実態から判断すべきものである。

また、被控訴人らにおいて、控訴人に対し演奏料の増額を求め、かつ労働組合を結成し団体交渉を求める以前には、双方には右契約の性質をめぐつて特に紛争がなかつたことは前掲証拠によつて明らかであり、そのために従前は被控訴人らにおいて両者間の契約が労働契約である旨の明示的な主張をする必要がなかつたに過ぎないので、労働者が右主張を必要とする段階即ち組合を結成して労働条件の改善を使用者に対して求める段階になつてその主張をすること自体何ら禁反言にふれるものでなく、この点についての控訴人の主張は採用できない。

次に、控訴人において、被控訴人らが控訴人の従業員たる地位を有することを争つていることは、本訴を提起していることによつても明らかであり、したがつて、被控訴人らには右地位の確認を求める利益があるものと認められる。

三  以上の事実によると、控訴人の本訴請求は失当であり、また被控訴人らが控訴人の従業員の地位にあることの確認を求める被控訴人らの反訴請求は理由がある。

よつて、控訴人の本訴請求を棄却し、被控訴人らの反訴請求を右の限度で認容した原判決は正当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 谷野英俊 丹宗朝子 西田美昭)

原審判決の主文、事実及び理由

主文

一 原告(反訴被告)が被告(反訴原告)沢目正明、同大藤勝に対し労働契約上の義務を有しないことを確認する。

二 反訴原告(本訴被告)小西之則、同向田勝彦、同松本英俊、同徳島庄八郎が反訴被告(本訴原告)の従業員の地位にあることを確認する。

三 原告(反訴被告)の被告(反訴原告)小西之則、同向田勝彦、同松本英俊、同徳島庄八郎に対する請求、反訴原告(本訴被告)沢目正明、同大藤勝の反訴請求および反訴原告(本訴被告)小西之則、同向田勝彦、同松本英俊、同徳島庄八郎のその余の反訴請求をいずれも棄却する。

四 訴訟費用は、本訴反訴を通じ、原告(反訴被告)と被告(反訴原告)沢目正明、同大藤勝との間においては、原告(反訴被告)に生じた費用の三分の一を同被告(反訴原告)らの負担とし、その余は各自の負担とし、原告(反訴被告)とその余の被告(反訴原告)らとの間においては、全部原告(反訴被告)の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一 原告(反訴被告、以下原告または原告会社という。)

1 本訴請求の趣旨

原告が被告(反訴原告、以下被告という。)らに対し労働契約上の義務を有しないことを確認する。

2 反訴請求の趣旨に対する答弁

(一) 被告らの反訴請求をいずれも棄却する。

(二) 反訴費用は被告らの負担とする。

二 被告ら

1 本訴請求の趣旨に対する答弁

(一) 原告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

2 反訴請求の趣旨

(一) 被告らが原告の従業員の地位にあることを確認する。

(二) 原告は被告らに対し、金五〇万円と、これに対する本判決確定日の翌日から支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払え。

(三) 反訴費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一 原告

1 本訴請求原因

(一) 原告は肩書地においてキヤバレー「ナナエ」を営む会社であり、被告らは楽団演奏のサービスを提供するために右「ナナエ」に出演している。

(二) 被告らは、原告に対し、原告との間に労働契約を締結していると主張する。

(三) しかし、原告は、被告らとの間に労働契約を締結したことはないので、原告が右労働契約上の義務を有しないことの確認を求める。

2 反訴請求原因に対する認否

(一) 反訴請求原因(一)の事実のうち、原告が被告小西、同向田との間に、その頃、同被告らをそれぞれバンドマスターとする楽団(以下、小西バンド、向田バンドという。)の「ナナエ」への出演契約を締結したことは認めるが、その余の事実は否認する。

(二) 同(二)の事実のうち、右出演契約を締結する際、右両バンドが原告会社の行なつたテストに合格したこと、右両バンドが右契約締結以降「ナナエ」に出演していることは認めるが、その余の事実は否認する。

各楽団員の採否は、バンドマスターたる被告小西、同向田によつて原告会社とは無関係になされており、従つて、各楽団員はバンドマスターに対して出演義務を負うのみで、原告会社に対しては何らの義務も負うものではないし、また演奏料の配分もバンドマスターによって原告会社とは無関係になされている。原告会社は被告らに対して施設所有に基く管理作用以外には何らの労務管理も行なつていない。従つて、原告会社と被告小西、同向田との間の前記出演契約は請負契約にすぎない。

(三) 同(三)の事実のうち、原告が右出演契約は労働契約ではないと主張して本訴請求訴訟を提起したことは認めるが、被告らが弁護士報酬契約を締結したことは不知、その余の事実は否認する。

二 被告ら

1 本訴請求原因に対する認否

本訴請求原因(一)、(二)の事実は認めるが、(三)の事実は否認する。

2 反訴請求原因

(一) 被告小西は昭和四四年六月頃、同向田、同松本、同沢目、同徳島は同年八月一日頃、同大藤は昭和四五年五月一日頃、いずれも原告会社と楽団演奏のサービスを提供するため原告会社経営のキヤバレー「ナナエ」に出演する契約(以下、本件出演契約という。)を締結した。

(二) 本件出演契約は、これを締結する際に被告らが原告会社の行なつたテストに合格したこと、被告らが右契約締結以降継続して「ナナエ」で楽団演奏に従事していること、被告らの遅刻、休演等がすべて原告会社により点検されていること、被告らの楽団演奏が原告会社の指定する場所と時間に、その指揮監督の下になされており、原告会社が被告らの演奏曲目についても包括的な指定をするほか、演奏の方法、態度等についても指示すること、被告らが右楽団演奏の対価として毎月一定額の報酬を受けとり、これを主たる収入源として生計をたてていること、以上の諸点からみて、労働契約であること明らかである。

(三) しかるに、原告会社は、被告らの労働組合運動を圧殺する意図の下に、本件出演契約は労働契約ではなく、単なる請負契約にすぎないとの違法、不当な主張をして、故意もしくは過失により本訴請求訴訟を提起したため、被告らはこれに応訴するとともに本件反訴を提起せざるを得なくなり、これの追行を本件被告ら代理人弁護士仲田隆明に委任し、その着手金として一〇万円、勝訴の報酬として四〇万円を勝訴時に支払う旨の弁護士報酬契約を結び、右弁護士費用の出費を余儀なくされ、そのため右同額の損害を蒙つた。

(四) よつて、被告らは原告に対し、被告らがいずれも原告会社の従業員の地位にあることの確認を求めるとともに、右損害金五〇万円とこれに対する本判決確定日の翌日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三証拠<省略>

理由

一 原告が肩書地においてキヤバレー「ナナエ」を営む会社であり、被告らが楽団演奏のサービスを提供するため右「ナナエ」に出演していたこと、現在も被告小西、同向田、同松本、同徳島(以下「被告小西ら四名」という。)が右「ナナエ」に出演していることは当事者間に争いがない。そして、被告向田勝彦本人尋問の結果と弁論の全趣旨によると、被告沢目、同大藤はその後向田バンドの楽団員をやめ、現在は右「ナナエ」に出演していないことが認められる。

二 被告らは、同被告らと原告会社との間に締結された出演契約は労働契約である旨主張するに対し、原告は、バンドマスターである被告小西、同向田との間に、「ナナエ」での楽団演奏の請負契約を締結したにすぎない旨主張するので、右労働契約の存否につき判断する。

成立に争いのない甲三ないし二一号証、乙一二ないし二〇号証、二五号証、被告向田勝彦本人尋問の結果によつて真正に成立したと認める乙一〇、二六号証の各一ないし六、証人安川太一、同下坂裕一の各証言および被告小西之則、同向田勝彦、同沢目正明、同徳島庄八郎各本人尋問の結果(以上のうち、いずれも後記措信しない部分を除く。)ならびに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

1 楽団編成と「ナナエ」への出演に至る経緯

(一) 原告会社は、「ナナエ」におけるシヨーおよび遊客とホステスのダンスの伴奏等の業務に従事させるために、従前より楽団を出演させていたが、昭和四四年六月頃、それまで約三年間にわたりシヨーの伴奏を担当してきた楽団が解散したので、その楽団の一員であつた被告小西がバンドマスターとして、楽団員八名で構成される小西バンドを編成し、原告会社のテストを受けて合格し、以後「ナナエ」に出演することとなつた。しかし、小西バンドは主としてダンス音楽やムード音楽の演奏を担当することとなつたため、シヨーの伴奏を主として担当する楽団(以下、「シヨーバンド」という。)が必要となつた。そこで、原告会社は「ナナエ」のシヨーに出演する歌手や踊子をあつせんしていた保川プロダクシヨンの保川某に、適当なシヨーバンドがいないかと相談し、保川は被告小西にシヨーバンドを編成できる人を探して欲しい旨依頼した。

(二) 被告小西は、同年六月中旬頃、知人であり当時大阪市北区の喫茶店「慕情」の楽団員であつた被告向田に対し、バンドマスターとしてシヨーバンドを編成し、キヤバレー「ナナエ」で楽団演奏をするよう勧誘し、その際、原告会社から聞いた次のような条件を挙げた。

(1) 楽団は九人編成とし、その編成は被告向田に一任する。

(2) 楽団の一か月の演奏料は、楽団員一人平均手取り六万五〇〇〇円として九名分の合計五八万五〇〇〇円の範囲内とする。

(3) 契約期間は一年とし、その間問題がなければ期間を自動延長する。

(4) 「ナナエ」の営業時間は午後五時三〇分から同一一時三〇分までで、楽団の演奏時間は午後六時三〇分から同一一時二〇分までとする。

(5) 休日は原告会社の休業日たる毎月第二、第三日曜日および年末年始の一二月三一日から一月二日までの間とする。

(6) 楽団員に対する給与所得税の源泉徴収は、原告会社が行なうこととする。

(7) その他細部については原告会社の規則や指示に従うこととする。

(三) 被告向田は、同小西の右勧誘に応じ、過去に同じ楽団で仕事をしたことのある被告松本、同徳島等を集めて、自己をバンドマスターとする九名構成の向田バンドを編成し、同年六月末頃、「ナナエ」のステージにおいて、原告会社専務取締役下坂裕一、前記保川某、被告小西および原告会社の音楽顧問的な立場にあつた八馬奏一等立会のうえ、原告会社のテストを受け、これに合格したが、その際、原告会社は被告向田らに、前記条件のほか、同年八月一日から「ナナエ」で楽団演奏業務に従事すること、演奏時間は午後六時三〇分から同一一時二〇分までの間で、実際の演奏時間は営業部長または保川の指示に従うこと、演奏料は毎月二日、一二日、二二日に三分の一ずつを一括して被告向田に交付し、各楽団員に対する分配は同被告に一任する等の諸条件を示し、同被告らはこれに合意した。しかし、これらの諸条件を契約書として取り交すことはしなかつた。

2 「ナナエ」における楽団員の出演等の実態

(一) 被告小西は昭和四四年六月頃から、被告向田、同松本、同沢目、同徳島は同年八月一日から、同大藤は昭和四五年五月一日頃から、いずれも「ナナエ」において優先的に演奏にあたり、前記演奏時間以外の時間帯に他に出演することは禁ぜられてなかつたが、それは事実上困難であり、原告会社の従業員であるという認識のもとに継続して楽団演奏の業務に従事してきた。

(二) 楽団演奏業務の対価は、昭和四四年八月から向田バンドが月額五八万五〇〇〇円、小西バンドが同四八万円であつたが、同四八年一二月からは向田バンドが七三万八〇〇〇円、小西バンドが五三万一〇〇〇円、同四九年一二月からは向田バンドが八九万八〇〇〇円、小西バンドが六一万一〇〇〇円、同五一年一二月からは向田バンドが一〇〇万円にそれぞれ増額された。各バンドマスターである被告小西、同向田は毎月三回にわけてこれを演奏料名儀で受領し、これを各楽団員に配分してきたが、各楽団員はこれを主たる収入源として、生計をたてている。そして、右楽団員に対する給与所得の源泉徴収は原告会社が行なつている。

(三) 原告会社は、向田バンドを採用した際、楽団員の各自について住所、氏名、年令、配分額、扶養家族等の報告を受けたが、その後の楽団員の退団または入団については、楽団全体としての演奏水準が著しく低下せず、また原告会社にとつて好ましくない者でないかぎり、これを被告向田に一任していた。しかし、小西バンドについては、昭和四六年一二月頃、原告会社は楽団員一名を技量が劣悪であることを理由に被告小西に指示してこれを退団させたことがあつた。

(四) 楽団員が病気等で休む場合にこれを補充する臨時雇の採用や楽団員の退団に伴う後任者の補充については、音楽的な知識や縁故関係を持たない原告会社が自らこれを実施することはむつかしく、そのためバンドマスターたる被告小西、同向田が各楽団員の協力をえてこれにあたることとし、その後任者の配分額は概ね前任者と同額とする。そして、この後任者については、その氏名等をその都度原告会社に連絡することはなく、毎年一月に「給与所得者の扶養控除等(異動)申告書」を原告会社に提出するにとどめていたが、各楽団員が出演するステージは「ナナエ」で最も眼につくところであり、店内を統割する営業部長はその楽団員が誰であるかを充分知悉している。

(五) 原告会社では、楽団員以外の従業員については、出勤簿またはタイム・レコーダーが備えつけられているが、楽団員についてはこれがない。しかし、「ナナエ」の支配人は毎日楽団員の人員の不足、音の良否等を点検し、これを日報に記入して、原告会社に報告している。

(六) 楽団の演奏については、原告会社は、楽団に対して、歌謡曲とかジヤズ、ハワイアンといつた包括的な指示をするほか、その場の雰囲気をもりあげるよう指示したり、客の希望する曲があればその曲を演奏するよう指示し、またクリスマスその他一定の催しを行なう際にはそれにふさわしい曲目を演奏するよう指示する。そのほかのこまかな演奏曲目の特定や演奏指揮などについては、原告会社にその能力がないため、音楽の専門家であるバンドマスターに任せている。

しかし、楽団の演奏技術とか音質等については、保川や営業部長がバンドマスターに気づいたことなどを指摘し、音量についても、客席の状況に合わせて調節するように指示し、楽団員の人員の不足については営業部長がバンドマスターに注意することがある。

(七) 演奏時間は、向田バンドは、月曜日と火曜日は第一回目が午後六時三〇分から同七時二〇分まで、第二回目が同八時から八時三〇分まで、第三回目が同九時から九時三〇分まで、第四回目が同一〇時から一〇時三〇分までの四ステージ、水曜日から土曜日までは、第一回目が午後六時三〇分から同七時まで、第二回目から第四回目までは月曜日、火曜日と同じであり、小西バンドは、午後七時から同一一時一五分までの間で、向田バンドの休憩時間中に同じく四ステージ出演して演奏している。

(八) 楽団員の控室として、最初はホステスの更衣室の一部があてられており、同控室には当時、店主名でもつて「バンドマン心得」なる楽団員に対する指示事項が紙に書かれて貼付されていたが、これには、飲酒演奏の禁止、ホステスとの雑談禁止、とばくの禁止、たばこの後始末の注意等が掲げられており、楽団員が「ナナエ」のホール内をくわえたばこで歩いたときや客席に呼ばれて飲酒したときには、営業部長から注意されることがあつた。

(九) 原告会社は、昭和四五年一月以降、毎月の休業日を廃止したため、楽団員の休日は年末年始の休業日である前記三日間のみとなつたが、同四七年五月以降は、向田バンドが毎週日曜日を、小西バンドが毎週月曜日あるいは火曜日を休日とするようになつた。

(一〇) 原告会社には、従業員で組織する「ナナエ会」と称する親睦会があり、楽団員もこれに加入している。会費は、役付従業員、ホステスおよび楽団員が月額二〇〇円、その他の従業員が同一〇〇円であり、楽団員の会費の徴収は、原告会社が演奏料を支払う際にこれから天引するという方法でなされている。「ナナエ会」の活動としては、慰安旅行や宴会の実施、慶弔時の祝金、見舞金の支給等があり、慰安旅行に要する経費が会費の積立金額を超過するときは原告会社がその超過分を負担している。

以上の事実が認められ、成立に争いのない甲一七ないし二一号証、乙一九、二〇号証、証人安川太一の証言によつて真正に成立したと認める甲二三号証、同証言および証人下坂裕一の証言のうち、右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らして措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

前示事実に基いて考えると、被告小西ら四名は、いずれも現在原告会社と「ナナエ」への優先出演の契約を締結しているもののということができるが、原告会社の指定する日時、場所で出演すべき義務を負うていることはいうまでもなく、原告会社の定めた演奏業務の遂行にあたつては、原告会社の一般的な指揮監督のもとにあつて、その服務規律の適用を受けているものであり、また、その出演報酬は演奏という労働自体の対価的性質を有するものであつて、しかも、同被告らはこれを主たる収入源としてその生計を立てているのであるから、原告会社と同被告らとの間には、いわゆる使用従属関係があるものと解すべきであり、労働契約が存するものと認めるのが相当である(被告沢目、同大藤については、その後労働契約関係が消滅したことは前示のとおりである。)。

もつとも、楽団員が休んだ場合の臨時雇の採用や楽団員の退団に伴う後任者の補充はバンドマスターたる被告小西、同向田によつてなされているけれども、これは前記認定のように、音楽的な知識や縁故関係を持たない原告会社が自らこれを実施することはむつかしいために、原告会社において右被告両名にこれらの権限を委任していることによるものと解せられる。また、原告会社は演奏料をバンドマスターたる右被告両名に各楽団毎に一括して支払つており、右被告両名が自らをも含めたその楽団の所属員にこれを分配しているけれども、給与所属の源泉徴収は原告会社が当初より各楽団員毎に行なつていること等に徴すれば、右被告両名は原告会社に対する関係では自らをも含めた楽団員の代表者にすぎないというべきである。従つて、右のような各事実があるからといつて、これらは、楽団出演という特殊雇用契約に随伴するものとみるべきであり、原告会社と被告小西ら四名との間の労働契約関係を否定する理由とはなしがたい。

三 被告らは、原告会社の本訴提起は、原告会社と被告ら間の出演契約が労働契約であること明らかであるにもかかわらず、故意もしくは過失により、右は単なる請負契約にすぎないと主張してなされた違法、不当のものであるから、これによつて被告らが被つた応訴費用(弁護士費用)につき原告会社に賠償義務がある旨主張する。

しかしながら、前記認定事実に徴しても明らかなとおり、本件出演契約は、特殊な契約形態であつて、諸種の観点からの吟味検討を要し、労働契約であることが明白であるともいえないのであつて、原告会社がこれを請負契約と判断したことにもそれ相応の根拠があつたものということができ、原告会社の本訴提起が理由のないことを知りながらなされたこと、または理由のないことを知りうるはずであつたのにこれをなしたことについては、これを認めがたいところであり、他にこれを認めるに足りる証拠はない。そうすると、不法行為に基づく被告らの損害賠償請求は、その余の点につき判断するまでもなく、その理由がないものというべきである。

四 以上の事実によると、原告会社の本訴請求は、被告沢目、同大藤に対し、労働契約上の義務を有しないことの確認を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、また、被告小西ら四名の反訴請求は、同被告らが原告会社の従業員の地位にあることの確認を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余の請求および被告沢目、同大藤の反訴請求はいずれも失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

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